低い声で呟く

横浜市内在住、オタクな3児の母によるブログです。

長年の思い込みの謎

ここ十数年程のことだと思いますが、「松本清張の文章は読みにくい」という認識を持っていました。「砂の器」か何か、一冊読んだ上でそう思うに至ったはずです。

先日、この本を買って読みました。

学生の頃、夏休み中の集中講義で原武史先生が担当された科目があり、とても面白かったので、何冊か本を読んでそれ以降も注目していました。本屋でこの本を見掛けて「清張は苦手だけど、原先生が選んだ作品だったら面白いかも! 」と思って購入してみたのです。

読んでみたら、全然読みにくくなかった…。文は簡潔で、寧ろ読みやすいと感じました。

では自分が抱いていた思い込みは一体何だったのか。昔の自分には難しかったが、年齢を重ねていろいろと理解できるようになったということだろうか。簡潔な短めの文が並んでいるのが気に入らなかったという可能性もある。

年を取って知識が増えたのは勿論のこと、仕事で、長文読解問題の題材としての様々な文章を読んできました。好きではない作家や馴染みのない作風のものでも、仕事ですからきちんと読みます。それにより、昔は受け付けなかったような文章にも耐性ができたということが考えられます。でも、昔の自分にとっても「受け付けない」ってレベルではないような…。結構、本は読んでた方だったし。

考えてみると、単なる親への反発心だったかもしれません。元々、母が清張を勧めてきました。何か清張原作のドラマを一緒に見ようと誘われたのと、「砂の器」の粗筋を解説されたのとどちらが先だったか…。一応付き合ったけど、当時の私はあまり興味を持ちませんでした。それで「文章が読みにくい」とか屁理屈言ったのかなぁ。

ただ、この本に収められた作品は比較的初期のものだそうなので、以降の作品と文体が違うというだけのことかもしれません。

と、いろんな理由が考えられるので結局不明な訳ですが、「清張だから」と敬遠する理由はなくなったので、興味を惹かれる作品はどんどん手に取っていこうと思っています。